院長紹介とメディア掲載実績

院長 中村正樹

まめの樹治療院 院長 中村 正樹 Masaki Nakamura

延べ73,356人以上を
痛みから解放してきた
症状改善のスペシャリスト

国家資格 はり師免許 保持
きゅう師免許 保持

生殖医療専門産婦人科医師公認

国家資格 はり師免許証
国家資格 きゅう師免許証
生殖医療専門産婦人科医師公認
取得資格はり師・きゅう師
整体師
介護予防運動指導員
ホームヘルパー2級
薬膳アドバイザー
不妊鍼灸研修協会主催 不妊鍼灸講座受講済   
米国指圧師協会 会員
中国天津中医薬科大学 臨床見学実習受講済
生年月日1977年2月生まれ A型 うお座
趣味読書(週1冊目標で年間50冊くらいは読みます)
旅行(国内・海外ともに好きです!)
サーフィン(40歳から始めました!)
特技スペイン語会話(キューバやグアテマラを旅しながら身につけました)
自慢中国・天津からイタリア・ローマまで陸路で旅をしました!
得意なこと
苦手なこと
コツコツ物事を継続すること(例・20歳位から日記・家計簿付けてます)
車の運転(ペーパードライバーです)、スポーツ(特に球技・・。)
得意な治療
苦手な治療
頭痛治療・不妊治療・美容鍼
五十肩・脊柱管狭窄症・耳鳴り
治療への想い本当に治して欲しい人を本気で治療したい!

院長の思いを動画でご紹介しています

経歴

小学生の時までは、身体が弱く病気がちで内科や耳鼻咽喉科、その他病院に通うことが多かったです。身体を動かす事よりも知的好奇心が旺盛で自宅近くの畑や田んぼで昆虫採集をして生態を図鑑で調べたりしていました。

町内子供祭り 小学校3~4年生くらい

中学生になると背は伸びたものの、身体が細く運動も苦手だったので部活動には参加せず、家で読書ばかりしていました。

高校受験では、友人達と近所の公立高校を受験しましたが、合格出来たのは友人達だけ。私は鎮西高校へ進学しました。第一志望ではなかったこともあり、当初は勉強に身が入らずアルバイトに力を入れる日々を過ごしていました。
しかし高校3年の春に「このまま卒業して就職していいのだろうか?」という疑問が湧き上がります。

担任の先生に大学進学を相談すると、
「君の学力で入学できる大学は無いよ」と、言われました。その言葉で一念発起。両親を説得しアルバイトで貯めたお金で熊本予備校へ通い猛勉強を開始。
人生で初めて自分の目標に向かって本気で努力しました。その結果、熊本学園大学に現役合格。合格発表で自分の番号を見つけた時は、涙が出るほど嬉しかったことを覚えています。

人生を変えた大学進学と海外旅行

1995年に大学へ入学するまでは、どちらかと言えば目立たない、地味な学生生活を送っていました。しかし大学時代、多くの人との出会いをきっかけに、人生が大きく動き始めます。

その中でも特に大きな転機となったのが、海外旅行との出会いでした。

友人の紹介で大学前の旅行代理店に出入りするようになり、在学中から卒業後もしばらくはアルバイトで資金を貯めては海外へ渡る生活を繰り返しました。

これまでの海外滞在日数は合計2年以上。
アジア・中東・ヨーロッパ・中米を中心に27ヵ国

(香港、韓国、中国、モンゴル、パキスタン、インド、ネパール、イラン、トルコ、エジプト、ヨルダン、シリア、イスラエル、パレスチナ、ギリシア、イタリア、バチカン市国、スペイン、ポルトガル、モロッコ、アメリカ、メキシコ、ベリーズ、グアテマラ、キューバ、ホンジュラス、エルサルバドル)

を訪れました。

インド タージマハル

旅先では、さまざまな出会いと体験がありました。

韓国のホテルで知り合ったエチオピア人のビジネスマンに相撲の所作を教えたこと。

中国のタクラマカン砂漠やモロッコのサハラ砂漠で野宿をしたこと。

インド・ヒマラヤ山麓の秘湯に浸かったこと。

ホンジュラス・カリブ海のウティラ島では、スキューバダイビングのライセンスも取得しました。

そのほかにも、モンゴルの大草原でマラソンをしたり、パキスタンのパスー氷河をトレッキングしたり、トルコ・カッパドキア近郊を自転車で巡ったり――。

思い出を挙げれば、きりがありません。

モロッコ ラクダツアー。サハラ砂漠にて野宿

数多くの国を訪れましたが、特に思い入れが強いのはキューバです。

約半年間滞在し、現地の民泊でホームステイの様にして生活しました。

食事を共にし、歌い、踊り、ときには観光ガイドには載っていないような地元の人だけが知る場所へ連れて行ってもらい、交流を深めました。

旅行者として「見る」のではなく、そこに「暮らす」ように過ごした時間は、今も私の価値観の土台になっています。

針灸師になることを決意

旅を重ねる中で、ふと自分自身に問いかけました。

「どこでもできて」「人に喜んでもらえて」「東洋人らしい仕事とはなんだろうか?」

その答えが針灸師でした!

帰国後は、寮付きの工場で1年間程働き学費と生活費を貯めました。
2004年から名古屋の治療院にて見習い修行をしながら針灸専門学校(夜間部)に入学、2009年に針灸師資格を取得。

修行時代は院での仕事後に個人的に針灸・整体・マッサージの勉強会に参加し、真冬でも全身(靴下の先まで)汗だくになりながら練習しました。
マッサージの練習をしすぎて、一時は箸もドアノブさえ握れなくなるほど両手の親指が変形し腫れあがり、曲げる事もできなくなった時期もあります。それでも続けたあの時間が今の治療力の礎になっていると感じています。

その甲斐あってか1日120人以上の患者さんが来院する治療院の副院長に抜擢され、さらに経験を積むことが出来ました。

開業までに携わった患者さんは延べ5万人以上。技術を磨き続けるため東京、大阪、名古屋、福岡、熊本と全国各地の勉強会に参加しました。

そして2013年3月に腕に自信を持っての故郷・熊本での開業でした。

2013年3月に開業してから

しかし、開業後の半年間は患者さまがほとんど来院されませんでした。

誰も来ない日、問い合わせの電話すら鳴らない日が何日も続きました。

名古屋では1日120人もの患者さまが来院していたのに――。

理想と現実の大きなギャップに、自信を打ち砕かれる日々でした・・。

早朝や深夜、人目を避けるように自転車でチラシを配り、

「数少ない患者さまを最高の笑顔で迎えよう」と、

誰もいない院内の鏡の前で笑顔の練習もしました。

開業から7ヶ月。

蓄えていた自己資金が残り1万円になったとき、

ようやく黒字化を達成しました。

追い詰められた経験が、自分の甘さを削ぎ落としてくれたのだと思います。

開院2年目には新規予約が2週間待ちとなり、月間予約率90%を記録。

1日12名限定の治療ながら、年間来院数は約2,400名となりました。

その後も研鑽を重ね、

2016年にはハワイ大学医学部にて約40時間の人体解剖実習特別講義を受講。

実際の御献体を前に、筋肉・血管・内臓・神経系を詳細に学びました。

さらに2025年には天津中医薬科大学附属病院にて針灸技術研修を受講。

特に婦人針灸学の学びは、現在の不妊針灸治療に大きく活かされています。

これまでの研修受講費用は総額1,000万円を超えました。

その経験をもとに、学生や針灸師向けセミナー開催、

針灸院経営コンサルティング、不妊治療に関する著書出版、

美容針・骨盤矯正整体の分野でのメディア出演など、活動の幅も広がっています。

しかし――

開業当初の苦しい半年間を忘れることはありません。

常に謙虚な姿勢で、

「来院された患者さまの悩みを解決する」

その一点に集中し、日々コツコツと努力を続けています。

少し長い文章になりましたが、ここまで読んでくださった方とは、きっとどこか価値観が近いのだと思います。お会い出来る日を楽しみにお待ちしております。

メディア掲載実績

KAB 熊本朝日放送「くまパワ+」
※美容鍼と整体について取材をして頂きました。

KKT 熊本県民テレビ「てれビタ」
※眼精疲労施術について取材をして頂きました。

ネットラジオ 改変隊(通称KAIHENTAI)
※鍼灸施術のコツや治療院経営についてお話させて頂きました。